「つきの」のこれから

ひとりの内装工から始まった「つきの」
時代に背中をおされて

当社の創業は昭和42年10月、現会長・月野暎史が個人事業主として仕事をスタートしたのが始まりでした。

当時は、ひとつ仕事を終えては、次の現場の素材を発注――。そして、また次の仕事をする、というサイクルで仕事をしていました。ひとつひとつの現場が、お客様からの評価であり、次につながる仕事が結果でした。

一方で、午前中に仕事を終えると、午後には仲間と連れ立って天文館へ繰り出す、というのが定番のスタイル。

いま思えばとてもいい時代でした。

住宅ブームとともに会社も成長
そのかげにあったものとは?

創業からしばらくして住宅ブームがやってきました。また、同時期には天文館の経営者の方たちから仕事ぶりを評価していただいて、店舗の内装工事を任せられることも増えてきました。

当初からあった「自分自身に負けたくない」という思いが、いつしか「あの会社に追いつこう、この会社を追い越そう」となります。

そうして昭和53年5月、「この業界で一番になる!」という思いとともに法人化いたしました。

街で目を引くブルーの「つきの」カー
いち早く取り組んだ人材育成・女性社員の採用

法人化と同時に、社用車をブルーに塗り替えました。あれから車が変わってもブルーに塗り続け、いまでは街を走っていると「つきのの車だ」と、みなさんに認知していただけるようになりました。

それから当社では、人材育成や女性社員の採用にもはやくから力を入れてきました。社員の資格取得のサポートをしたり、労働環境の改善福利厚生の充実で還元したりすることもしています。

また、建築業界はまだまだ男性社会ですが、仕事をするうえで性別は関係ありません。当社の女性社員は、職人も事務員もそれぞれの能力を活かして仕事をしてくれています。

「つきの」のプライドをもって
ブランドを背負い、鹿児島と九州へ恩返しを

平成28年に株式会社つきのは40周年を迎え、月野隆史が代表取締役社長に就任しました。

記念式典にて、新たに掲げた目標が「チャレンジすること」。事業を通して人を育て、地域に還元し、会社を成長させていく――。

これからも私たちはひとりひとりが“つきののプライド”をもち、“つきのブランド”を背負い、これまで育ててくださった鹿児島はもちろんのこと九州のお客様へ恩返しして参ります。

「内装のことなら、ここに任せたら大丈夫」「さすがつきのだね」というお客様からの声を聞くために。